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ちょっといいたいだけ

主に私立恵比寿中学についてブログを書いています。

季節はめぐってまたサクラ

もうポケモンのEDでの放送は終わってしまいましたが、
「サクラ・ゴーラウンド」っていいですよね。
何がいいって、極端なことをいえば何も歌ってないのが何よりいい。
そう言ったら怒られるかもしれませんが、そこがいいと思っています。

何も歌っていないというのは実際言い過ぎですが、
学校生活に合わせている部分と新学期までの放送だったところから、
歌詞は春から始まっています。

そして1コーラス目Aメロの歌詞は、季節感のある行事を順に並べることで
1年をあらわしているだけです。

そこに学校生活で起こるイベント(長期休暇や転校生)をCメロで差し込んで、
1周回ってサクラが咲きます。何も歌ってないよ!

でも、ここに並ぶすべてのエピソードに対して、
老若男女多くの人はかなりの部分に共感ができるんだろうなと思います。

とはいえ、日常をジェットコースターやメリーゴーラウンド、
学校生活をコメディ映画や学園ドラマに見立てたBメロ部分はめちゃくちゃいいです。

まるで ジェットコースターだったよね
それとも 季節のメリーゴーラウンド

まるでコメディ映画だったよね
それとも学園大河ドラマ

「まわれ いつまでも」、「つづけ いつまでも」と続くわけですが、
大人の私たちは終わりが来ることを知っています。
そして、子供たちも少しずつ物事には終わりがあることに
気付き始めている部分が、またとてもいいです。

さいごのチャイムが鳴ったら
ぜーんぶ 夢になっちゃう?
そんなわけないよね!

じゃあねじゃなくてさよなら
なんだかいつもと違くない
そんなことないよね?

読み返すといい歌詞だな!この切なさはなかなかないですね。
ただこれってひたすら当たり前のことを歌っているんです。

何も歌っていないというのは、大人に対しての話です。
この歌詞は大人にとっては懐古以外の何物でもありませんが、
子供にとっては今まさに体験している現実世界とポケモンとの
大きなリンクであることに意味があります。
子供たちがポケモンから学ぶことは多いはずなんです。
日常の重要性、今の重要性、これからその今、日常が思い出になっていくこと、
それをこの曲は歌っていると思います。そこにはメッセージがあります。

エビ楽曲の中でも昔に比べてメッセージ性が高いものが
増えてきたという話は以前書きました。

「エビ中「らしさ」と新しいチャレンジ」

そして、「手をつなごう」のメッセージ性を「自己啓発感」として
苦手だということも書きました。

「君の手をつなぎ返せないいくつかの理由」

それまでにエビ中が標榜していなかった「メッセージ性を持つ」という、
新しいチャレンジの例として取り上げた「大人はわかってくれない」は好きです。
その理由は、この曲の持つメッセージだけの問題ではありませんが、
そのメッセージが、好きだという大きなひとつの要素ではあります。

逆に「手をつなごう」の持つメッセージはちょっとキャパオーバーなんです。
大きな意味でも、小さな意味でもその辺が苦手な理由です。

身の丈に合わないメッセージを背負わされるくらいなら、
意味のない歌詞を歌ってる方がいいのかなって思ってしまいました。
もうこうなったら夏にはオバケ、秋には運動会、春には花粉症でも
良い気すらしてきました。というのは言い過ぎですが。

お前こそ何にでも意味を求めて余計な事ばっかり考えて生きてきただろ!
と言われてしまえば全くもってその通りなんですが、まあそれとこれとはです。

対象としても、自分にとってもいい塩梅のメッセージ。
歌詞ちゃんと読むとむちゃくちゃ切ない歌詞なんですよ。

日常や普遍的なことに意味がないと言ってしまうのは
ちょっと暴力的だとは思いますが、無意味なことに意味がある、
それは季節が巡ることで思い出になって意味が出来ていくということ。
そこをサラっと歌っているのが、「サクラ・ゴーラウンド」の好きなところです。


僕らはみんな意味がない/有頂天

 僕らはみんなチケケのヌカカ
 「チケケのヌカカ」の意味はナニ?
 「チケケのヌカカ」の意味はない 意味はない

 -----中略-----

 僕らはみんな生きているのモノ
 生きているモノに意味はない
 そこに意味はあるのかな?

http://www.youtube.com/watch?v=6fcAVn8gbQU
※埋め込みダメだったからYoutubeで聴いてください